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Vision 2010年5月号から▽          ※ 内容は、2010年5月現在のものです。

今昔

5月5日 端午の節句

端午の節句は奈良時代から続く男の子の成長と健康を祝う古い行事として始まりました。
江戸時代には、男の子の健やかな成長を祝うという意味合いから鎧、兜、刀、武者人形などを飾り、
「激流を鯉が登った」という中国の故事を受け、子供の出世を祈願し、
鯉のぼりを立てると言う風習が始まったと言われています。
本来、鯉のぼりは真鯉(まごい)のみで、明治時代から真鯉と
緋鯉(ひごい)の対であげるようになりました。
家族を表すものとして子鯉を添えられるようになったのは昭和に入ってからの事だそうです。
市内の人形店のお話では、 核家族化の影響で、昔と比べて
鯉のぼりがあがっているお家が少なくなっているそうです。
最近は、鯉のぼりをあげる庭や場所がないということで
コンパクトなガーデンサイズやマンションのベランダであげら
れるような小さいものがよく売れているとの事です。

こいのぼり

 

今も昔もやっぱり・・・

柏餅を食べる風習
それは、初節句(男の子が生まれて初めての節句)には「ちまき」を
2年目からは新しい芽がでるまで古い葉を落とさない事から「家督が途絶えない」
縁起物として「柏餅」を食べます。
地方によっては、子供の行事としてだけでなく、田の神を迎えるための禊(みそぎ)の
名残として菖蒲湯に入る習慣も残っているようです。

柏餅

 

鯉のぼりを間近で見れる蜻蛉池公園

最近あまり見られなくなった鯉のぼりですが、この時期蜻蛉池公園では、
大空に舞う大きな鯉のぼりを間近で見ることができます。
ここでは、市民から提供されたたくさんの鯉のぼりを
園内300メートルに渡り立てられています。

ここ蜻蛉池公園の鯉のぼりは、4月中旬頃から5月9日(日)までの期間見ることができます。
この新緑のさわやかな季節に、蜻蛉池公園に出かけ、
街では見ることの少なくなった雄大な鯉のぼりを満喫してみてはいかがでしょうか。


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Vision 2010年4月号から▽          ※ 内容は、2010年4月現在のものです。

岸和田・忠岡
メイキングコミチャン

懐かしい風景・風習・・・。ラジオから耳に入ってきた「むかし話」。
「むかし話」。じっくり聴くと心が揺さぶられるもの。今月号は、耳で聴く「むかし話」をご紹介します。

ラヂオ岸和田

■「ラヂオ きしわだ」 FM岸和田設立 準備委員会(http://fm-kishiwada.co.jp/)

「ラヂオ きしわだ」は、FM岸和田設立 準備委員会 が
2009年3月から配信を開始した岸和田の インターネットラジオサイトです。
番組では、ラジオの良さを生かし9人のパーソナリティーが対話式で朗読や唄などをユニークに
発信しています。内容は、泉州昔話からはじまり、子育て支援情報やギターの弾き語りなど、暮ら
しに役立つ情報をメインにしています。ラジオの魅力は、音だけの世界「場面想像」イメージで聞く
ことで、語り手も聞き手も一緒に楽しめることだそうです。

■「ラヂオ きしわだ」からの「阿部栄子さんの泉州昔話」

radio
ラヂオ きしわだ放送局にて

なかでも人気番組「阿部栄子さんの泉州昔話」は、リスナーの耳に心地よく入ってきます。
その秘密は、阿部さん独特のやわらかい岸和田弁。
阿部さんが語る昔話は、昔話をもう一度今によみがえらせたいという情熱がリスナーの
気持ちを掴みます。
番組では、岸和田のお祭りのお話や神於山に伝わる民話など
パーソナリティの河原小百合さんのインタビューも交えながら
泉州の伝説や歴史を語ってくれます。

ラヂオ岸和田

ラヂオ きしわだ 泉州の昔話

● だんじり吉兵衛
● 岸和田だんじり祭りのよもやま話
●久米田池の主(ぬし)
●蛸地蔵のはなし など他多数 

 

 

■昔話は心のふるさと


明治初期の欄干橋あたり

”石の欄干橋どんとふめば、憎きやセッタの緒がきれた”
こんな里謡が残っていた。ラヂオきしわだ

阿部さんは、泉州昔話には、その町々の遠い昔の人の暮らしが懐かしく、歴史の重み
を感じさせます。昔話の奥に潜んでいるものは人の生きる道を教え諭します。郷土の
歴史を振り返り、驚きや喜び、又反省もできる。私たちの住む郷土の伝統や文化、歴史
を学ぶ事ができればもう一度郷土を見直すことができます。昔を大切にし後世へとつな
いでいきたいものです。と語ってくださいました。

〜阿部栄子先生のお話会〜

第8回 泉州昔話を語る 発表会 

■場所 大宮青少年会館 
■日時 2010年4月17日(土)
午後1時30分〜3時

泉州国際市民マラソン

阿部さんは、ラヂオ きしわだパーソナリティのほか
真上町「泉州昔話の館」や公民館、老人大学
老人施設、女性学級、保育所などで、昔話の語り部
や人材育成の講師などの活動をされています。

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Vision 2010年3月号から▽          ※ 内容は、2010年3月現在のものです。

岸和田・忠岡

ひなあらし

 

3月3日は女の子の健やかな成長と幸せを願う「ひなまつり」です。
この日、市内内畑町では子どもたちの『雛さん見せて、豆おくれ』の大きな声が響きます。
この地域で古くから伝わる習わし「ひなあらし」です。
この行事は、子どもたちが桃の節句を迎える家を訪ね、家の方から振る舞い菓子をもらうというもので、
子どもたちにとっては願ってもない楽しい習わしです。
「ひなあらし」は、全国的にみても珍しい行事の一つで中国、山陰地方の農村で行われており、
泉州地域で今も残ってるのは、内畑町ぐらいではないかと言われています。
岸和田での「ひなあらし」の起源は定かではありませんが、
農村部にあった少年組織の活動とひなまつりの行事が結びついたのではないかと考えられています。
『ひなあらし(雛荒し)』なんともユニークなこの呼び名。
どうしてこのように呼ばれるようになったのでしょうか。

ひなあらし

一般的には、昔は雛飾りのお供え物を子どもたちが自由に食べてよい・・・ということがはじまりで、
食べ荒らすことから『ひなあらし』と呼ばれるようになったようです。
現在はお供え物というよりは、節句を迎える家庭が事前に準備したお菓子を振る舞うというスタイル。
「食べ荒らす」ということはなくなりましたが、この日一日を楽しむ子どもたちの笑顔は変わりません。

ひなあらし

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Vision 2010年2月号から▽          ※ 内容は、2010年2月現在のものです。

岸和田・忠岡

 

岸和田観音節分祭


高見観音は、岸和田城の鬼門守護寺院として、建てられました。
海岸寺から移したといわれる、木造聖観音立像を本尊としています。
この仏像は、平安期の作といわれ、市の文化財に指定されています。
毎年、節分の日には『岸和田観音』として親しまれ多くの人で賑わいます。
「節分大祭」は、昔も今も変わらず、邪気を追払い、一年の無病息災を願い多くの人が訪れるているようです。

 

写真が語る・・・昭和の岸和田・忠岡を振り返る
岸和田・忠岡の今昔



▽  昭和33年の節分大祭。
南海ホークスの皆川投手ほかホークスの選手を招いての餅まきの様子です。

 皆川投手皆川投手

岸和田観音の節分祭では、今も昔も「福豆もちまき行事」を盛大に行っています。                                                                       
毎年、有名人が参加し「鬼は外」「福は内」のかけ声にあわせて豆や餅をまきます。
参拝者は、その福豆や福餅を競って取り合い、今年の福をつかみます。
昔は、野球選手や巷での有名人を呼んで餅まきを行っていました。

 

節分祭御摩供

 

節分祭にかかせないのが護摩供です。
当日は本堂及び境内で護摩木で火を焚きます。
これは、仏さまの知恵の火といわれ、
迷う心や病気など身体に潜む不浄なものすべてを
焼き払えると言われています。

 

 

ご住職真言宗受楽山浄聖寺観蔵院
住職 中井 秀治さん

観蔵院の縁起

 当時の正式名称と申しますか、宗教法人法に基づいて登記されております名は、
「真言宗受楽山浄聖寺観蔵院(しんごんしゅうじゅらくざんじょうしょうじかんぞういん)」であります。
市内五軒家町にある醍醐寺派の寺で、この名称は皆さん方はあまりお知りにならないと思います。
略して「観蔵院」と申しますが、この名を呼んでいただけるのは各寺院の住職さんのみであります。
この寺は俗に高見観音と呼ばれており、縁起によりますと、岸和田港より少し山手に
小高い丘があり、そこに「高見の松」という大阪湾を往来する舟の目印になった松が
立っていました。岸和田城からみると、その場所が東と北の鬼門(艮・うしとら)に
当たるため、お城の鬼門除祈願時として建立されました。
高見の松の観音さんから、通称「高見観音」と呼ばれるようになったのです。
尚、節分祭のみ「岸和田観音」の名を使用しています。

 

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Vision 2010年1月号から▽              ※ 内容は、2010年1月現在のものです。

岸和田・忠岡

■ 見どころ満載!消防出初式

今月は、正月の風物詩である“消防出初式”にスポットを当てます。

新年恒例の消防出初式、今年は1月7日(木)10:00より行われます。
出初式の一番の見せ場と言えば、「垂直はしご操法」。
今年は、昨年とはまた違う、岸和田ならではの演技が披露される予定です。

消防

 

写真が語る・・・昭和の岸和田・忠岡を振り返る

岸和田・忠岡の今昔

   

   昭和40年 出初式

    今も昔も、出初式は新春恒例行事として行われています。
今では、風景、消防車、制服も変わり、技術も発展してきました。
厳しい規律と訓練。時代は変わっても、市民の命と財産を守る姿勢はいつまでも変わりありません。

消防消防
写真提供:岸和田市郷土文化室

 

 

垂直はしご操法

消防

垂直はしご操法は高さ9メートルのはしごの上で
片足や逆立ちなどのバランス演技をします。

この難易度の高い演技をする隊員は、度胸と
バランス感覚が優れていることが条件です。

また、全員の息が合ってこそ成功します。
今年は昨年より更にパワーアップし、ある隠し玉があり、
盛大な拍手が沸き起こることは間違いありません。

写真提供:岸和田市

 

西野 隆広 体長
消防
1年の始まりとなることの出初式で、
隊員全員一致団結し、また、救助現場では
失敗は許されない、どのような災害にも臆する事なく
立ち向かって行く決意です。

 

 

 

消防     

左から 西野 隆広 係長(隊長・指揮者)・河合 一憲 隊員(はしご確保者)
河合 達也 隊員(中断演技者)・林 秀憲  隊員(中断演技者)・寺岡 秀樹 隊員(上段演技者)

 

 

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